城米彦造という画家を知らなかった私は、一目絵を見て、今でいう「ヤバイ!」とい
う感情に囚われた。
「神田百景」の画家・下田祐治さんが、城米さんの意志を受け継いだのだと思った。
それは、九段ギャラリーで9月20日~28日まで開かれていた「街頭詩人・画家 城米
彦造展」を見に行ったときのこと。
下田さんには、ずいぶん以前から懇意にしていただいていて、たくさんの絵も目に
している私には、衝撃的だった。
しかし、下田さんは城米さんにお会いしたことはないらしい。
「僕の後を引き継いで、東京を描き続けてください」などと交わしたことすらないそ
うだ。それは当然である。お会いしていないというのだから。
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しかし、この東京を愛する心の連鎖、同じDNAを感じる絵の匂い、心の通った温かな
絵。おそらく10年くらいはだぶって同じ題材で絵を描いていたはず。
下田さんに言わせると「城米さんは『新しき村』の詩人でもあり、五十三次なども
描かれていて、凄い人ですよ。僕なんかとうてい真似できないよ」という。
そういう下田さんも20年神田を描き続けている。「神保町」応援隊というまちおこ
し団体の発起人でもあるけれど、ご本人のテリトリーは神保町にとどまらず、千代田
区全体に及ぶ。本格的に色々な団体の活動に参加するようになられたのは、7、8年前
からといわれるが、今では、毎日、人と会い、心通わせ、とっても活力溢れる方であ
る。
応援隊が出来る前から、下田さんとお昼をご一緒するたび、あちらの方と立ち話、
こちらの方にご挨拶…と、なかなか昼食にありつけなかった思い出がある。
そんな下田さAワオュも凄いと思って傍に突っ立っていた私も、応援隊での活動の中、
商店街の方、勤めている方との交流が徐々に広くなってきていて、神保町の街に出て
いくのが楽しくなっている。
街に知り合いが増えるというのは、なんと毎日を楽しくさせてくれるんだろう。
城米さんの詩「銀座の舗道で」の一節
いつの間にか顔見知りとなった人々と
親愛の眼顔を贈りあう楽しさよ、驚きよ