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まちブログ

まちブログ「神田・神保町・秋葉原」周辺

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名前: machiblog3 作成日: 2008/07/07 13:48
千代田区のまちブログです

投稿者: machiblog3 投稿日: 2012/04/25 22:16

浅草寺の西側一帯は江戸時代より奥山と親しまれた盛り場。
江戸時代から大道芸や見せ物小屋が並んだ浅草盛り場発祥の地。
ここに江戸時代を思わせる町並みを再現し
江戸小物、版画、玩具、提灯、指物、手拭い等の見世が六十余店。
緋毛氈を敷いた茶屋や大道芸の舞台などが現れる。
大木戸をくぐると江戸の町にタイムスリップ。
浅草寺境内で江戸の風情を楽しめる
「浅草奥山風景」なのだ。 

で、千代田区神田のまちブログなのに、なんで浅草なんだ?
実はこちら「浅草奥山風景」に神田っ子が出店しているのだ。
以前にも神保町三省堂書店で個展などを開催しているし
神田では有名な人なのだな。その方は・・・
祭り絵師 船橋一泰(いったい)さん

生まれも育ちも正真正銘の神田佐久間町三丁目
下町の祭礼や縁日、歳時などを水彩で情緒たっぷりに描くひとなんだな。


で、雷門を抜けて仲見世をずんずん進むと、宝蔵門にぶちあたる。
日本橋小舟町奉納の大提灯は江戸時代から続く伝統。
その大提灯の宝蔵門を潜ると浅草寺の本堂である。
せっかくここまで来たんなら、ちょいと観音様にお詣りをして
顔を上げたら、左を向くのだ!


本堂に向って左手(西側)にある門が「浅草奥山風景」の入口。
この中には職人さんの店や和物の店が60数店も並んでいるのだ。


祭り絵師・船橋いったいさんの店には新旧の水彩画がびっしり並んでいる。
ぽち袋や一筆箋や絵葉書などお手頃の値段の商品もあるし・・・
眺めているだけでもウキウキしてしまう祭や下町情緒溢れる絵の数々。
季節の旬。端午の節句も間近なので鯉のぼりと金太郎の招きを持ってもらった。


会場の中からはこんな風景も見られる。
オープンを目前に控えたスカイツリーと浅草寺五重塔


時には美形の奥様と可愛いお嬢様(の友人)が店番をしてることもあったりして。


そして、お隣さんには江戸文字・寄席文字書家として高名な橘右之吉さんが!
せっかくなんでツーショットを撮らせていただいた。

船橋いったいさん出店の
「浅草奥山風景」は5月7日(月)まで!

@団長

投稿者: machiblog3 投稿日: 2012/04/19 23:02

江戸総鎮守 神田明神の文化事業の一つである
「明神塾」が15年目を迎え、その第一講が4月18日に開催された。
今年度は「江戸のリーダーと危機管理」を年間テーマとし
11月までの間に計6回の講座が組まれている。


18:00開講 神田明神祭務所ホールにて清水権宮司による神社講座が始まる。


18:45 神社講座終了後、講師と受講者が社殿に赴き正式参拝
こちらに於いても神職さんによる社殿の歴史や構造の解説がある。



今年度の明神塾の塾長は安藤優一郎さん。


19:00 安藤優一郎塾長による講座が始まった。

本日の第1講のタイトルは「災害都市・江戸の危機管理」
◎渋沢栄一が敬愛した寛政改革の立役者松平定信
地震や火災などに何度となく襲われた江戸の町を、災害に強い都市に変えたのが寛政改革の立役者松平定信でした。そんな定信を、明治の経済界を支えた渋沢栄一は深く尊敬します。渋沢が敬愛した定信による江戸の危機管理を明らかに・・・


◎第2講より後は、以下のスケジュールで行われる。
第2講 5月16日(水)幕臣たちの明治維新 
第3講 6月20日(水)江戸の国防と国家改造論
第4講 9月19日(水)幕末維新を生きた明治の経済人たち 
第5講 10月17日(水)江戸の医療改革と生活保護
第6講 11月21日(水)幕府を支えた官僚たち

第2講以降の単回受講も可能ということなので
受講希望者は神田明神にお問合せください。
電話03-3254-0753

☆神田明神ホームページは→コチラ

 

@団長

投稿者: machiblog3 投稿日: 2012/04/12 21:52

JR秋葉原駅の昭和通り口を出て左へ進む。
昭和通りを上野方向に歩いて5分ほど。
ここいらは、神田松永町である。
そこに「松屋」さんがある。
(千代田区神田松永町1)


緑地に紺色の文字も鮮やかに「和洋菓子 松屋」とある。
そう、牛丼屋では決してないのである。
ましてや蕎麦屋さんでも絶対にないのである。


創業の地は日本橋本町二丁目。
現在で云うと常磐橋御門のそば、日本銀行付近の江戸時代には
格上の一等地なのである。
そして時代は、なんと江戸時代は文化年間の頃。(1800年頃)
創業年は、定かではないが当時の伝票・書類などが残っているという。


創業200年を超す「松屋」さんが現在地の神田松永町に移転したのが明治27年。
神田に移転してからでも約120年の年月を経ている物凄い商いの歴史なのだ。
いまこちらで人気なのは、何と言っても「どらやき」である。
洋風に拵えた「コーヒーどらやき」もいい味をだしている。
また、データや案を持ち込みご主人に相談して
どらやきをオリジナルのパッケージで包んでくれるのでお祝い事や記念品などに
送る個性的な贈答品が作れるので絶大な人気がある。

おっと、「ラスク」の美味しさを言うのを忘れていた。
最近ラスクが人気復活しているが、松屋さんのラスクはブームに拘わらず
いつでも人気なので一度お試しあれ。二度でも三度でもお求めあれ。


店内のクラシックなケースには松屋さんの商いの歴史を物語る
祝い用・らくがん用菓子の木型や明治時代の伝票や写真、商いの許可証などが展示されている。
少し感動するのだ!


由緒正しき看板の前で微笑んでいるのは「和洋菓子 松屋」の旦那。
人は七代目伝兵衛さんと呼ぶ。
七代目って簡単に言うけど、とんでもなくすごいことなのだ!
オリジナルどらやきパッケージは伝兵衛さんの考案!アイデアマンなのだ。

伝兵衛さんの人気ブログ「どら焼き親父写真館」は→コチラ

@団長

投稿者: machiblog3 投稿日: 2012/04/10 21:56

ミシュランお墨付きのホテルに
お神輿を展示!

 おやっ~ぁ?
町の人と鳶頭(かしら)が神輿を組み立てていますね。
お祭の準備でしょうかね。


立派なお神輿ですね。朱色の飾り綱がきれいです。
今は、屋根の四隅に小鳥を取り付けているところです。


おっ、完成ですか。。。お祭の準備ではなく神輿の展示だったのですね。
弓張提灯を見てわかるように三崎町一丁目町会の神輿です
昭和初期に行徳の神輿師・後藤直光師によって拵えられた神輿で
総白木総彫刻の台輪寸法二尺三寸(約68cm)の堂々たる神輿です。
袢纏の背の大紋と神輿の駒札に「宮元」とあります。
これは三崎町一丁目町会が神社のお膝元の町であることを表しています。

神輿の唐破風の屋根までにも繊細な彫刻が施され、
稲荷神紋の周囲や、鳥居には龍が巻きついている凝りようです。
神輿の胴の前後は扉ですが、左右には日本神話が彫られています。


さあ、展示場所はと言うと三崎町一丁目、日大や神田教会のすぐそば
あのミシュランに快適なホテルと認定の「庭のホテル東京」でした。


和の高級感あふれるコンセプトで統一されたこのホテルに
この神輿は例大祭前日の5月3日(祝)まで展示される予定です。
どうぞロビーに入っていただき展示の神輿をご覧ください。
・・・・・との、ことでした。

庭のホテル東京は→コチラ

三崎町一丁目、神田三崎町、西神田、西神田三、神保町三丁目
神西、神保町一丁目北部、一神、北神の九町会の氏神様は
三崎稲荷神社
例大祭は5月4日~5日に斎行されます。
4日は、氏子各町会神輿の連合巡行と宮入参拝。
5日は、宮神輿の氏子各町渡御と宮入参拝が執り行われます。
なお、5月9日(水)には三崎稲荷神社大祭式が斎行されます。

@団長

投稿者: machiblog3 投稿日: 2012/03/28 21:38

今年の春の訪れは遅く肌寒いが続きますが
日によっては、いくらか暖かく感じられる日もありますね。

で、暖かくなれば冷たいお蕎麦を美味しくちゃっちゃっと手繰る春ですよ!


神保町一丁目のすずらん通りの中ほどの横丁にあるのが
ちょいと洋食屋さん風にお洒落な玄関の
手打ち蕎麦「満留賀静邨」まるかせいそん)


暖簾をわけて店内に入りましょう!
広くて清潔感あふれる店内(午後遅めだったのでちょいと空いてる)


満留賀静邨は食感や風味を大事にするため、自前の臼で蕎麦をひく。
手打ちにこだわり、棒で伸ばすから口当たり、喉ごしが独特なんだな。
挽きたて、打ちたて、ゆでたてをお客様に出すを、
常に心がけているから1日に10回くらいはそばを打つそうである。
皆さんもご存知のように蕎麦を打つというのは、
たいへんなエネルギーと細やかな心配りが必要な作業なのである。


これは大盛り。
蕎麦は少し太めで強めの腰があり口当たりがよく喉ごしのインパクトが強い。
簡単に言えば「美味かった!」ってことだな。
これは毎日食べても飽きないかもしれない。(←個人的感想)

薬味セット(ごまだれ・うずら卵・ねぎ・わさび・辛味おろし)


こちらの店主は「江戸神田蕎麦の会」のメンバーでもあり
さまざな地域のイベントなどで下町神田の蕎麦の普及に務めている。
上の写真は、過日須田町「まつや」さんで行われた蕎麦のイベント
左から
まつや(須田町)・やぶ蕎麦(淡路町)・やぶ仙(小川町)・浅野屋(猿楽町)・
満留賀静邨(神保町)・朝日屋(松永町)・更科(錦町) の神田のお蕎麦屋さん。
(「神田蕎麦の会」には18店の蕎麦屋さんが会員になっている)

@団長

投稿者: machiblog3 投稿日: 2012/03/23 23:00

 江戸に多きもの「江戸名物」っちゃあ
武士鰹大名小路生鰯 茶店紫火消錦絵
火事喧嘩 伊勢屋稲荷に犬のくそ 
ってえくらいに江戸市中にはお稲荷さんが多かった!

ところがどっこい
神田には、お地蔵様もありゃあ不動様観音様もいるってえもんだい!


【出世不動尊】
神田駅西口からすぐの出世不動通りの名称の由来となるお不動様。
内神田二丁目に鎮座され、戦後は地元商店会などによりお祀りされている。
毎年二月には上野寛永寺僧職をお招きして節分豆まき式が行われている。



【聖観世音】
神田淡路町は観音坂上にお祀りされている。
観音坂の名は、かつてこの地に芦浦観音寺または観音院があったからと
云われて付けられた名称と思われるが、この祠との謂れは不明である。



【愛全地蔵尊】
明治時代に北神保町に東洋家政女学校を創設した岸辺福雄先生が
このお地蔵様をお祀りしたといわれている。
現在でも、毎年8月には近隣地域住民により祭礼が執り行われている。



【傳蔵地蔵尊】
大正12年の関東大震災により破損した日本橋川に架かる堀留橋を
架け直す際に、当時の大工の棟梁の傳像さんが工事の安全を願い
お地蔵様をお祀りしたことから、この名で呼ばれているとのこと。

このように神田には、数多く鎮座するお稲荷さんの祠のほかにも
ここに紹介したお地蔵様や、観音様や、お不動様がお祀りされていて、
現在でも近隣の皆様により大事に管理され、
それぞれの式典が斎行されているのであります。

@団長

 

投稿者: machiblog3 投稿日: 2012/03/19 22:17

 「ちよだ観光&地域バリアフリーマップ」
第2弾(vol.2)をご紹介します。

「歩きやすい町ってなんだろう?」をテーマに
さまざまなバリアに不自由を感じている人、感じてない人が集まり
町歩き地図を作る活動をしている団体が制作しました。

その団体の名称は
「Live With Dream」
(リーブ・ウィズ・ドリーム)


片面B5サイズ×8面×オモテウラに町を歩くときに必要な情報が満載です。


この面には「秋葉原駅周辺マップ」秋葉原駅周辺のバリアフリーマップです。


こちらは「皇居・大手町周辺マップ」皇居・大手町周辺の観光マップです。

地図には坂道の傾斜や道路の段差も
きっちりと数字で傾斜角度や高低差が表記されています。
車椅子やベビーカーで町へ出るには最低限必要な情報が得られます。

交通手段として目的地の秋葉原駅の情報もきめ細かく表記されている。
たとえば、電車とホームの間の空間の数字情報なども。
車椅子で移動するときのエレベーターやトイレの情報はもちろんのこと
店舗や商業ビルの出入り口の段差やスロープも一目でわかる。


車椅子やベビーカーの移動情報とともに
その方たちが利用しやすいか、しにくいかも地図内のアイコンを見れば
その施設が、どの程度のバリアフリー対応がなされているかは一目瞭然。

車椅子やベビーカーの利用者はもちろん、お年寄りや子供連れの皆さんが
楽しく安全に町を行き来するには欠かせないマップとなっている。
このバリアフリーマップは
◎千代田区役所 ◎千代田区各出張所 ◎千代田区観光協会
などで無料配布されているのでご利用ください。
※Vol.2につきましては配布準備中です。

この地図を発行しているのは行政ではありません。
団体名は
「Live With Dream」(リーブ・ウィズ・ドリーム)
ホームページは↓
http://chiyoda.clubneco.com/
お問合せは↓
machi-aruki-chiyoda@clubneco.com

@団長

投稿者: machiblog3 投稿日: 2012/03/03 22:41

明治38年(1905)初代「辰五郎」さんが、
神田神保町交差点のこの地に「亀澤堂」を創業。
大正から昭和初期にかけては神田神保町の本家から
全国にのれん分けした亀澤堂が十数軒もあったそうです。

創業より107年目を迎えた
味の和菓子「亀澤堂」さんです。


何しろ神保町交差点から徒歩10秒。白山通りに面しています。
流石に3月3日ひな祭りの当日とあって、桜もちの看板が目立ちますね。
お店の方が外にワゴンを出して販売されていました。


お店の中は、すでに春が訪れているかのごとく・・・いい香りがします。
さまざまな和菓子が美しく美味しそうにディスプレイされています。
年中を通してこちらのお店では「豆大福」が人気で、即日売り切れてしまいます。
三巴の神紋が描かれた「神田最中」も高い人気を誇っています。


ご覧の通り店内はとても明るく清潔感にあふれています。
本日は何の迷いもなく「桜もち」を購入してひな祭りを祝いましょう!


ひな祭り定番と言おうか、なくてはならない「桜もち」。
箱を開けるといい香りとともに部屋に春がやってきました。

春が待ち遠しい今日この頃の「まちブログ神田」でした。
@団長

投稿者: machiblog3 投稿日: 2012/02/28 23:49

桜の時期の写真を除く、千代田の四季おりおりの写真が応募対象の
「千代田の四季」写真コンクールの作品が、
御茶ノ水のスポーツ店街にほど近いギャラリー 江府 お茶の水
(千代田区神田小川町2-8)でに展示されています。

※桜の写真は「さくら写真コンクール」で募集しています。



千代田区の四季おりおりの美しさを堪能するもよし。
入賞者の写真技術に感嘆するもよし。



HP上でアップもされています。このままパソコンで素晴らしい写真をご覧ください ⇒入賞作品集はこちら
そして、そのあと、ギャラリーへ足を運んでください。 ⇒ギャラリーはこちら
ギャラリーで写真に囲まれると、違った空気を味わえます。

投稿者: machiblog3 投稿日: 2012/02/28 9:59

※こちらは、観光資源調査を実施してもらっている当協会学生インターンのブログです。

神田の町を歩いていると、よく目につくのがお稲荷さんです。
なんと神田は大小合わせ30社以上のお稲荷さんがある密集地帯。
裏路地に一歩入ると観光案内にも載っていない、まだまだ知られていない歴史のある神社がたくさんあります。

まずはこちら。


神田多町二丁目の松尾神社です。
この神社、調べたところ祭神は「宇迦之御魂命」で、稲荷神を祀る神社であり、明治期に神田神社の兼務社となったようです。
レリーフには所々にお狐様が見え隠れしています。
個人的には暗いT字路の奥のにちょこんと鎮座されているこの雰囲気が好きです。

次はこちら。


神田多町二丁目の一八稲荷神社です。
創建は江戸時代初期で、戦前は新銀稲荷神社と呼ばれていたそうです。
由緒書きによりますと、こちらの神社は防火盗難よけの御神徳が高く、東京大空襲の時も東京中が火の海になる中、神田多町だけは消失を免れたとあります。
また、戦後は地元有志の御協力により、木造の御社からコンクリート造りの御社殿として再建されたそうです。
まさしく多町の人々に愛し愛されている神社ですね。

最後がこちら。


神田司町二丁目真徳稲荷神社です。
こちらはとても狭い路地に面しています。
五穀豊穣、悪疫鎮護、商売繁盛の神、さらに地域の守護神として祀られています。

稲荷さんは「稲荷」の名の通り元々は農業の神様でした。
しかし中世以降、商業社会になるにつれ工業、農業など万能の神として祀られるようになりました。
その中で江戸幕府を支える商人、職人が多く集まった神田の町で、稲荷神社が信仰されていったことは想像に難しくありません。
神田の町で私が見かけた小さいお稲荷さんでも、敷地は綺麗に掃除され、しっかりと管理されていました。
また、これらのお稲荷さんを中心として地域の行事が行われるなど、地域コミュニティの中心としても機能しています。
これらのことから分かるように、神田の町とお稲荷さんは切っても切れない関係だと感じますね。

千代田区観光協会インターン H・T

 

一般社団法人 千代田区観光協会