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まちブログ

まちブログ「永田町・麹町周辺 九段・飯田橋周辺」

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名前: machiblog2 作成日: 2008/07/07 13:42
千代田区のまちブログです

投稿者: machiblog2 投稿日: 2010/07/12 21:55

平成22年の千鳥ケ淵灯ろう流し、納涼のつどいが7月13日に開かれれます。
この日は、東京のお盆の入。
千鳥ケ淵の戦没者墓苑の戦没者慰霊式、靖国神社のみたままつりとともに
先祖を悼み、敬いながら人々がつどい楽しむそんな催しです。
詳しくは → こちら



ところが、今日7月12日は強風に見舞われ、準備が難航。
なんとか形になりましたが、明日も強風の予想とあって
水面に浮かべる予定の大灯ろうを歩道に設置するなど大変でした。

小雨決行ですが強風の場合には天気が良くてもボートが出せない可能性があります。当日の情報は当ウェブサイト又は当協会Twitter公式アカウントでどうぞ。
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もちろん、お電話も(03-3292-5530)

投稿者: machiblog2 投稿日: 2010/06/28 11:56

今日は、打ち合わせと取材を兼ねて、麹町へやってきました。
以前、このブログでもご紹介した能楽大鼓の演奏グループ「鼓動隊」に所属している
フランス人のマニグリエ真矢の事務所兼アトリエと国立劇場の取材です。

真矢さんの本業は、パリジェンヌがデザインする和文化として、グラフィックから照明
デザインまで、かなりレベルの高いお仕事をされています。
アトリエでお話を伺ったあとは、徒歩でも5分ほどの処にある日本の伝統芸能の殿堂、
「国立劇場」の取材に向かうことにしました。

6月25日(金)am11:30


 
まずは、10時30分の待ち合わせで、一番町の真矢さんのオフィスへ。
初めてお邪魔したのですが、さすがにモダンでシック。
深紅のチェアとブラインドが印象的でした。

真矢さんのお仕事ファイルを見せていただいたのですが、浮世絵とアールデコのポス
ターを融合させたようなグラフィックや浴衣のデザイン、さらに最近では祝儀袋やポチ
袋のような和紙を使った小物もデザインしている。
日本文化を理解しながら、パリジェンヌから見た、新しくて小粋なエッセンスがつまった
デザインや製品は、これからもっとウケるんじゃないかな。


 
真矢さんと一通り打ち合わせが済んでから、一路、国立劇場へ。
上の写真は、内堀通りに面した正面入り口。


 
駐車場をぬけて大劇場の前に出ると、そのスケールに圧倒されます。
さすが、国立大劇場。


 
大劇場前のベンチは、日中ならどなたでも自由に入れるようです。
ちょうどお昼時に重なったので、近くのサラリーマンらしき方々が、お弁当持参でランチ
を楽しんでいました。



今日、国立劇場にお邪魔したのは、夏休み特別企画「親子で楽しむ歌舞伎教室」の
ご紹介のため。お話を伺うために、大劇場の隣に建つ事務棟の「独立行政法人日本
芸術文化振興会」の総務部を訪ねました。

受付の電話で総務部を呼び出すと、普及渉外係の勝又さんが対応してくれました。
この企画は、今年で11回目。特別なワークショップを行うわけではないのですが、親
(保護者)と子ども(18歳以下)で申し込むと、割引価格で観劇ができます。また、出し
物も初心者に解りやすい演目を選んでいるようで、子ども用イラスト入りプログラムや
歌舞伎読本なども頂けるようです。



申込は、インターネットや電話で受け付けているそうです。
詳しくは、下記情報や国立劇場のHPを参照してください。

◆第11回夏休み特別企画 親子で楽しむ歌舞伎教室
平成22年7月17日(土)~7月24日(土)
<午前の部> 11時(終演予定13時)
<午後の部> 14時30分(終演予定16時30分)
うち20日(火)、23日(金)は午後の部のみ。

<親> 1等席2,000円  2等席1,300円
<子>   1等席・2等席1,000円

国立劇場 
Tel:03-3265-7411
Url:http://www.ntj.jac.go.jp/

By悉皆屋紺哲

投稿者: machiblog2 投稿日: 2010/06/12 21:47

江戸時代、徳川将軍の御上覧を仰いだ天下祭とは
神田祭、根津神社の祭礼、そして日枝神社の山王祭。

山王祭のメインイベント。糀町惣町睦の連合宮入り。
6月12日午後4時。各氏子町会の神輿がホテルニューオータニ
赤坂側エントランス側の紀尾井町清水谷公園の集結しました。



清水谷公園を出発した宮入の行礼つは弁慶橋を渡ります。
残念ながら来年3月で営業を休止するという赤坂グランドプリンスホテル。
最後の宮入り渡御を見届けます。





行列は赤坂見附の交差点を通過。



さらに、赤坂の街を練り歩きます。

そして、最高潮は山王男坂52段の石段を一気に駆け上ります。





階段を上り御神門をくぐっていよいよ宮入り。



各町会の高張提灯提灯が待ち受ける拝殿に神輿が到着しました。

神田祭とはやはり雰囲気も味もことなる。日枝神社山王祭。
天気にも恵まれ、昨年より多くのみなさんにご覧いただいたような気がします。

下記神輿は、LEDで垂らされたこの石畳の石段を登ったのでした。

投稿者: machiblog2 投稿日: 2010/06/11 18:39

神社の神霊が氏子地域を行幸する神幸祭。
赤坂日枝神社の山王祭の神幸祭が今日平成22年6月11日行われました。
日本の政治・経済・行政の中心を由緒豊かな王朝行列が練り歩きました。

まずは、四ツ谷駅から麹町大通りを進みます。



こちらは靖国通り方面から大妻通りを登る行列。



半蔵門前、背景のワコールのビルが印象的です。


揺れ動く国会の前も行列はしずしずと通過。



行列は皇居前に到着。丸の内のビル群が美しく見えます。



皇居坂下門前に並ぶ3基の鳳輦。厳かです。



昼休みの丸の内仲通り。新緑の中を行列が続きます。



そして、神幸祭の行礼は復元されたレンガ造りの三菱一号館を通り中央区へと向かいました。

投稿者: machiblog2 投稿日: 2010/06/10 11:54

九段下駅駅6番出口おりてすぐのところにある九段生涯学習館。
6月6日(日)まで千代田のさくら絵画展が開催されています。
詳しくは → こちら 



区内で活動する絵画愛好家のみなさんが40点の作品を出品。



千代田区立番町小学校・和泉小学校の児童も143人が出品しています。



さくらを愛する皆さんの作品を見て、
早くも来年のさくらが楽しみになってしまいました。

 

投稿者: machiblog2 投稿日: 2010/05/23 7:18

巨大な電波塔。と言ったら叱られそうですが東京の津々浦々から臨めるようになった東京スカイツリー。

千代田区内でも先日「まちブログ 神田エリア」で紹介しました。 → こちら

では、麹町・九段方面はということでネタをTwitterで仕入れたところ
竹橋から一番町へと続く代官町通りで見えるとのこと。
さっそくでかけてみました。

まあ、構造物の上からというのは邪道?ですが、
やはり見えました。皇居北桔橋門前の歩道橋の上から毎日新聞社方面。
毎日新聞パレスサイドビルの2本の円柱コアの兄弟のようなスカイツリーが。



そしてさらに西に進むと、近代美術館工芸館前の首都高跨線橋からも
交通標識がちゃんと如水会館の向こうのスカイツリーの場所を示してくれています。



とって返して、北桔橋門から皇居東御苑・旧江戸城に入いりました。
またまた。構造物の上という反則ですが、当然見える!と思っていたのが
意外や意外。天守台上からはかろうじてクレーンの姿を臨むことができました。



スカイツリーの見える場所を探しながらのブラリ散歩。
宝探し感覚で楽しいものです。

投稿者: machiblog2 投稿日: 2010/04/18 19:15

千代田のさくら祭も無事終了した4月10日。
さくら祭りのオプショナル企画で千代田区観光協会のホームページにも
紹介されていた偕香苑での香道体験会に参加しました。

まず偕香苑を説明すると、場所は紀尾井町の清水谷公園内。
赤坂見附から弁慶橋を渡り、ニューオオタニの向かいあたりにあります。
清水谷公園は北白川宮家の邸があった場所で、
明治23年に東京市立清水谷公園となったらしい。
昭和になって千代田区に移管され、「千代田区立清水谷公園」となったのだそう。

そして移管後に、故・秋元馨氏が偕香苑を建設、
以降茶室として利用され広く日本文化の伝承と地域貢献に使われてきた。
平成18年には御子息である秋元裕氏から千代田区に寄贈され、今に至る。
その偕香苑での香道体験。初めてのことなので、ワクワクで行ってみました。

4月10日pm14:30 紀尾井町清水谷公園



清水谷公園は、前述の通り弁慶橋から紀尾井町通りを進み、
ニューオータニの向かい側にあります。
今年は桜の寿命も長く、まだまだ花見の風情。


 
公園に向かって左手を進むと、偕香苑が見えてきます。


 
14:30の待ち合わせかと思ったら、もう皆さん集まっていました。
床間がある畳のお部屋に和服姿の方も数名。
伝統的な芸道の体験が始まります。


 
私以外にも初体験の方が多いようで、
まずは今回の主催者である慶風会の代表、
上村先生から香道についての説明がありました。


 
簡単な説明のあと、何よりも「体験」ということで、早速、香炉が回ります。


 
香りは「聞く」というそうです。
参加者の方は、いま聞いた香りのイメージをメモしています。


 
今日行われた組香は「八重桜香」と「山桜香」の2パターン。
組香というのは、極々簡単に説明すると、香り当てゲーム。
3種類の香りのうち、2種類を試香し、
そのあとにランダムに回ってくる3種の香りを当てるのです。


 
聞き分けた香銘を和紙の手記録に書き、折りたたんだものを提出します。


 
全員の手記録が集められ、集計が終わると、いよいよ結果発表。
採点は、下附というもので表され、私の結果は「風光る」と「壱」。
つまりは、どちらの会も一つしか当たりませんでした。残念。
でも、香炉に手のひらをかざし、香りの特徴をつかもうと意識を集中すると、
嗅覚の神経が脳天を貫くような感覚でした。
 


一通りの組香が終わったあとは、桜餅と煎茶で一服。


 
香席の窓越しに外を眺めると、ニューオータニのタワーが目の前にそびえ立つ。
こんな大都会の真ん中で、香りに集中できる静寂のスペース。
もし機会があれば、是非この偕香苑、そして香道を体験することをお勧めします。
ちょっとした異次元トリップを体験できますよ。

By悉皆屋紺哲

投稿者: machiblog2 投稿日: 2010/04/12 22:39

今年のさくら(ソメイヨシノ)も葉桜になりました。
今年ほどお花見のタイミングが難しかった年も珍しいのではないでしょうか。
暖かくなったかと思えば、真冬並みの寒さ。
そこで、来シーズンに向けて、皇居周辺で寒さにも煩わされずに
お花見ができる裏技をご紹介します。

竹橋~北の丸公園
 


早々にタネを明かせば、皇居沿いの美術館から花を愛でるという作戦。
北の丸公園に隣接する国立近代美術館の工芸館は絶好のポイントです。
まずは、東西線の竹橋駅から地上に出て、北の丸方面へ向かいました。


 
美術館へ向かう途中の看板に、
現在開催中の「所蔵作品展 近代工芸の名品-花」の案内が。
季節にあわせて、花からインスピレーションを得た
工芸作品の展覧会が開催されているようです。
桜のシーズンにあわせて4月18日までの開催です。


 
工芸館は、竹橋から千鳥ヶ淵方面へ歩き、
北の丸公園の入り口を過ぎて1~2分のところにある煉瓦造りの建物です。


 
この建物は、旧近衛師団司令部庁舎を保存活用したもので、
明治43年に建築され、昭和47年に重要文化財に指定されました。
私たちが子供の頃は、改修もされておらず、まるでお化け屋敷のようでした。
内緒ですが、こっそり忍び込んで(庭までですが)肝試しをしたことも。


 
1階の受付から入館して、正面階段を2階に上がると作品が展示されていました。
まずは、染め織りのコーナー。

工芸館では、2004年から春の花の季節にあわせた所蔵作品展を企画しています。2010年は陶磁、染織、漆工、木工、金工、そして人形のなかから、
花を主題とする約100点を紹介しています。
 
伝統的な作風のものから、現代的なオブジェまで。
バリエーションに富んでいて、どの部屋もハッとするものがあります。

 
あまり接写はできないので、どこまで素晴らしさをお伝えできるかわかりませんが、
実際に現物をご覧になるのが一番かも。


 
一通り目の保養をしたところで、2階の窓から代官町通り望むと、
今度は本物も桜の花を愛でることができます。


 
このあたりは早咲きのヨウコウから始まりソメイヨシノが散っても、
遅咲きの枝垂れ桜もあり、長い期間お花見が楽しめます。

もし、ちょっと天気に恵まれない日中に、皇居周辺へお花見に出掛ける方には、
国立近代美術館工芸館はチョットした穴場ですよ。
入館料もリーズナブルで200円。自信を持って、お勧めです。

東京国立近代美術館工芸館
所蔵作品展 近代工芸の名品-花 会期:~ 4月18日(日)
開館時間 10:00 ~ 17:00(入館は閉館30分前まで)
休館日  月曜日

By 悉皆屋紺哲

投稿者: machiblog2 投稿日: 2010/04/07 18:56

前回、アジャンタさんをご紹介したときは、
現在出店している麹町のお店のことを書かせていただきました。
→ こちら 

さて、その続編は日印の架け橋となった
アジャンタの歴史についてご紹介いたします。
昨年の秋に新聞の記事にもなったのですが、
そこには戦後日本とインド独立前後に隠された史実があったのです。

3月18日pm15:00 九段坂

日本とアジャンタ、もしくはオーナーのムールティ家との結びつきは
1932年(昭和7年)まで遡ります。
先代の兄、ラーマ・ムールティ氏がネパール国王の通訳として来日し、
大変日本を気に入り、日本に住まうことになったのです。
ラーマ氏は日本で貿易会社を経営するかたわら、
当時はまだ英国の統治下にあったインドの独立運動にも身を投じ、
運動の旗頭であったチャンドラ・ボースを支援する日本代表としても活躍しました。

ラーマ氏は日本人女性と結婚、そして、弟のジャヤ氏を日本に呼び寄せます。
このジャヤ氏がアジャンタの初代ご主人です。
ジャヤ氏もラーマ夫人の妹と結婚し、阿佐ヶ谷にカレーとコーヒーの店を出します。
これがインド料理アジャンタの出発点です。1954年のことでした。


 
1961年、より本格的なインド料理のお店を開こうと九段に引っ越しました。
上の写真は、その当時のものだと思います。
なんで九段だったのか? インド大使館がそばにあったから? 
現オーナーのジェイさんに聞くと、
「たまたま別のインド人が、その土地を提供してくれたからだと聞いています。
インド大使館は、ウチより後から九段に来たんじゃないかな」とのこと。
当時は、日本人からインド大使館に問い合わせがあると、
みんなアジャンタに回されていたらしい。


 
ここで、ちょっと時計の針を戻します。さきに触れましたが、
インド独立運動に尽力したラーマ氏は、1953年にインドへ帰国します。
そのとき、ある重大な事を弟に託したのです。
戦後史に詳しい方はご存じでしょうが、インド独立の指導者チャンドラ・ボースは、
41年にインドを脱出、ドイツ経由で43年に来日します。
そして、終戦の年の8月18日に台湾で搭乗機が墜落し、亡くなるのです。
その遺骨は、日本に運ばれ杉並の蓮光寺に安置されました。
この日本国内での経緯を差配したのがラーマ氏だったのです。
当時は終戦直後で、まだ大本営が実権を握っていましたが、
敗戦国にGHQが乗り込んでくる前に、
日本軍部とも密接な関係にあったボースの埋葬を急いだのでしょう。

ここまでは、史実として明らかにされていました。
しかし、ラーマ氏が弟に託した重大な事が、もう一つあったのです。
GHQに遺骨を押収されることを懸念したラーマ氏は、
遺骨の一部(頭蓋だったらしい)を分骨して自宅に保管したのです。
そして、インドへ帰国する際、弟にその遺骨を託したのです。

 

さて、時間は戻って現代。
インド料理の草分けアジャンタは二代目ジェイさんに引き継がれ、
アジャンタで修行したシェフたちも各地で独立をし、活躍しています。
そんな平成の世の中。日本の現政権も戦後の「密約」を検証する時代です。
ムールティ家も、ボースの遺骨を然るべき処へ戻すべきと思ったのでしょうか。
ジェイさんたちがボースの関係者を調べると、
ハーバード大学にボースの血を引くスガタ・ボース教授がいることを知りました。
その後、連絡を取り合うなか、ボース教授が遺骨を引き取ることになり、
2006年3月にムールティ家から遺骨は手渡されました。
現在は、ボースの故郷であるインド・コルカタに安置してあるそうです。


 
戦後、表に出てこなかったいろいろな事実が明らかにされつつあるように感じます。
私の知人宅からも、昨年の春に吉田茂が鳩山一郎に宛てた手紙の草稿が出てきてビックリしたことがありました。それをきっかけに、私の祖母が吉田茂の身の回りのお世話をさせていただいていた時期があったことも知りました。

そんな思いのなか、散歩がてらに九段坂周辺をブラつきました。
靖国神社の大鳥居の前は、理科大の立派な校舎ができあがりました。
上の写真のもう少し右側が、アジャンタのあった場所です。
 


靖国通りを渡って、新しく完成した千鳥ヶ淵の緑道には入ると、
インド大使館も新しくなっていました。


 
緑道から、インド大使館越しに靖国をみると、
一つの構図のなかにインド国旗と日の丸がたなびいていました。
やはり、平和はいいもんですね。
でも、そこに行き着くまでには、
いろいろなドラマがあったことも忘れてはいけないのでしょう。


千代田さくら祭りにあわせて、
インド大使館では「さくらチャリティーバザー」が開催されていました。
インド音楽やインド料理も楽しめる賑やかな企画。
知る人ぞ知る桜の季節の名物になっていました。
大使館のレセプションで聞いてみました。ところが、、、
来年もまた、桜が開花したら、皆さん、
千鳥ヶ淵で桜とカレーを味わって、アジアの歴史にも思いを馳せてくださいね。

By悉皆屋紺哲

投稿者: machiblog2 投稿日: 2010/03/04 6:14

皆さん、九段・靖国神社の入口に「アジャンタ」という
インド料理屋があったのをご存知ですか?
知っている、と答えた方は結構いいお歳かも。
大鳥居のそばからアジャンタが姿を消してから、
はや四半世紀が経つのです。
でも、アジャンタがなくなったわけではありません。
知っている人は、知っている。
二番町の日テレ通り沿いで、今でも大繁盛です。

2月16日(水)pm2:00
 

本社機能は汐留に移転してしまいましたが、
もとは麹町二番町に本社があった日本テレビ。
旧本社社屋は、いまでも「麹町分室」として、
バラエティー番組の収録などを行っています。


 
その麹町分室の正面玄関前の公開空地から小道を隔てて、
すぐ隣にあるのが、現在のアジャンタです。
オープン当初は、都内でも珍しい24時間営業のレストランでした。

玄関を入ると、1階はテイクアウトもできるカウンターと、
インド製の品々が並ぶお土産コーナーがあります。



2階に上がると、着席式のレストランです。
ちょっとインド風な色彩感覚のインテリア。
独特な雰囲気の中で、インド料理を召し上がっているお客さんは、人種もいろいろ。
周辺のオフィスから来る日本人ビジネスマンもたくさんいましたが、
近くにある大使館から来たとおぼしき外国人の方々もいっぱい。
パッと見て、会話の発音を耳にしただけですが、国籍の多さも種々雑多の様子。
さすが多民族国家インドならではの光景?

 
アジャンタのインド料理は、基本的に南インド風。
私は、なにを隠そう、昔からインド料理が好きだったもので、
日本(東京)におけるインド料理には一家言ある。
つま~り、ナンなどというものは、少し前の東京のインド料理屋にはなかった!
東京のインド料理の草分けであるアジャンタと銀座のナイルは、
どちらも南インド出身の料理なので、ナンは作らないはずなのです。
主食は、我々と同じコメ。
また、小麦粉を使うパン的なものは、チャパティであったのだ。
私の記憶によれば、北インド料理(というよりタンドール窯料理)のナンがポピュラーになってきたのは、
赤坂にモティというインド料理屋ができてからのような気がする。
(コレはコレで、美味しいのですが、、、)

 

そんな話を、アジャンタ創業者ラーマ・ムールティ氏の息子さんである
ジェイ・ムールティさんにお聞きしました。

「そうですね。ウチがインド料理を始めたころは、
ナイルさんとアジャンタの独占市場でした。その後に、アショカさんなどができました。」

アジャンタは、南インド料理ですよね?と尋ねると、
「いやぁ、ムールティ家の家庭料理ですよ」とのこと。
キーマ・チキン・マトンの定番カレー・メニューは、
ジェイさんにとっておふくろの味だったのです。

お断りしておきますが、いまではアジャンタでもナンを扱っています。
でも、ジェイさん曰く「普通のインド人より、
日本人のほうがナンという食べ物を知っていると思いますよ」。
人口の多いインドでは、然り。

最近では、中華料理店に負けないぐらい目に付くようになったインド料理店。
そのインドと戦後日本とアジャンタの繋がりについては、次回報告します。

AJANTA(アジャンタ)
千代田区二番町三番地11 
tel:03-3239-6168
営業時間:月~水・日 am8:00~翌2:00(L.O.)
     木~土   am8:00~翌3:00
定休日なし

by悉皆屋紺哲

 

一般社団法人 千代田区観光協会