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情報官・林謙一が見た 昭和16年 富士山観測所 (JCIIフォトサロン 主催)

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日時 2015年6月2日(火)~28日(日) 10:00~17:00
休館日 毎週月曜日 (ただし、祝日の場合は開館)
場所 JCIIフォトサロン (一番町25 JCIIビル1階)
アクセス 半蔵門線「半蔵門駅」4番出口・徒歩1分
有楽町線「麹町駅」3番出口・徒歩8分
入館料 無料
主催 JCIIフォトサロン
お問合せ先 JCIIフォトサロン
TEL:03-3261-0300
ホームページ

http://www.jcii-cameramuseum.jp/

イベント内容

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情報官・林謙一が見た 昭和16年 富士山観測所

 [雲上の不自由な生活]

幼い頃からカメラ好きだった林氏は、昭和6 (1931)年に東京日日新聞 (現・毎日新聞)の記者となり、日中戦 争勃発後の昭和13 (1938)年に内閣情報部へ移籍して、グラフ誌『写真週報』や対外宣伝写真に携わりま した。

本展では、林氏が昭和16 (1941)年7月に撮影し、同年の『写真週報』8月20日号に「一万二千尺の気象台」として掲載された富士山観測所 (後の富士山測候所)の写真を中心に展示いたします。

富士山の気象観測は明治初期から開始され、昭和11 (1936)年には剣ヶ峰に国立中央気象台富士山頂観測所として庁舎が新築されました。しかし、気圧が低く夏なお寒い山頂のこと、交代で駐在する気象学者は、強風の中で測風塔の計器を整備し、自家発電用エンジンを修理し、ロウソクを頼りに天気図を作成するなど苦労を重ねていました。過酷な状況でしたが、若い研究者たちは黒板に女性の絵を飾り、気晴らしに囲碁を楽しみ、 ユーモアを忘れずに過ごしています。また、登山口から頂上までの険しい山道や、後に廃れてしまった三合目の見晴らし茶屋など、今では見ることのできない富士登山の様子も写されています。

本展の作品は、林氏のご遺族よりJCIIに託されたネガからのニュープリントです。フィルムが乏しく撮影制限が厳しい戦中に情報官だからこそ写すことができた富士山の様子が、74年の時を経てよみがえります。


林 謙一 (はやし けんいち、1906-1980)
1906年11月6日、東京府豊多摩郡千駄ヶ谷村 (現・渋谷区千駄ヶ谷)生まれ。
旧制東京府立第五中学校、慶應義塾大学文学部予科を経て1931年に早稲田大学理工学部卒。同年 東京日日新聞社へ記者として入社し、社会部、学芸部、内国通信部に所属。傍ら、木村伊兵衛が創設した国際報道写真協会に参加。
1937年9月に支那事変特派員として上海を取材。1938年1月に内閣情報部事務嘱託となり、同年2月の『写真週報』創刊や同年7月の写真宣伝政府代行機関「写真協会」 (1939年に財団法人へ改組、1944年に財団法人日本写真公社へ改組)設立に携わる。
1939年に内閣情報部情報官、1940年に情報局情報官となり、1943年に海軍司政官としてセレベス民政府へ赴任。戦後は、内閣官房総務事務嘱託を経て、全日本観光連盟事業部長、同参与などを勤める。 1980年11月1日逝去 (享年73才)。
著書は、『報道写真集 野尻湖』 (フォトタイムス社、1940年)、『おはなはん』(文藝春秋、1966年)など多数。
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JCIIフォトサロン MAP

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一般社団法人 千代田区観光協会