トップページサイトマップ

「観る」 史跡など観光スポットをご紹介 
「食べる」 飲食店情報をご紹介 
「学ぶ・遊ぶ」 美術館や公園などをご紹介 
「買う」 お土産物店やアンテナショップをご紹介 
「泊まる」 ホテル情報をご紹介 
twitterで日々観光情報をつぶやく「つぶやき観光」配信中
  携帯電話で聴ける、皇居周辺の音声ガイド「声ナビ」

千代田 Free Wi-Fi SPOT

spacer

~幕末・明治の写真展~ 「フェリーチェ・ベアトが見た日本 Part2」 (JCIIフォトサロン 主催)

spacer
日時 2014年7月29日(火)~8月31日(日)
10:00~17:00
休館日 毎週月曜日 (ただし、祝日の場合は開館)
場所 JCIIフォトサロン (一番町25 JCIIビル1階)
アクセス 半蔵門線「半蔵門駅」4番出口・徒歩1分
有楽町線「麹町駅」3番出口・徒歩8分
入館料 無料
主催 JCIIフォトサロン
お問合せ先 JCIIフォトサロン
TEL:03-3261-0300
ホームページ

http://www.jcii-cameramuseum.jp/

イベント内容

spacer
~幕末・明治の写真展~
「薩摩藩士 Group of samurai of the Satsuma Clan.」
慶応4年頃(c1868) 鶏卵紙 手彩色
フェリーチェ・ベアト(Felice Beato)は1832年にイタリアのヴェネツィアで生まれ、1844年からコンスタンティノープル(現・イスタンブール)で育ち、義理の兄弟の写真家・ジェームス・ロバートソンから写真技術を学んだと言われています。クリミア戦争、第一次インド独立戦争、第二次アヘン戦争などの戦跡を撮影し、中国で画家のチャールズ・ワーグマンと知り合ったベアトは、一足先に来日していたワーグマンを頼って文久3年(1863)に来日し、明治17年(1884)まで約20年間日本に滞在しました。

当時の外国人は自由に日本国内を撮影することは難しかったため、開港地の横浜や長崎での撮影が多かったのですが、ベアトは来日した使節団などに同行して日本各地をまわることができ、風景だけでなくさまざまな階層や職業の人々の風俗も撮影しました。彼のように長期にわたって日本に滞在し、数多くの写真を残した写真家はほとんどおらず、彼の確かな技術による鮮明な画像の大判写真は、当時の日本の様子を現在に伝えてくれる貴重な資料でもあります。また、この中には、ベアトと親交があったワーグマンをはじめ、画家のルサンや旅行家のロングフェローに関わる写真もあるため、彼らが残した記述によってベアトの日本での行動を部分的に知ることができました。

昨年8月に開催した「フェリーチェ・ベアトが見た日本Part1」では、日本各地の風景写真を中心にご覧いただきましたが、後編の今回は当館所蔵のベアト作品の中から、当時の日本人の日常生活や職業などを写した風俗写真を中心に、約100点を展示いたします。幕末から明治初期にかけて撮影されたこれらの写真には、初めて訪れた日本でベアトの目に映った驚きや感動、そして親しみまでもが表現されているかのような作品が数多くあります。

例えば、美しい女性がキセルを持って長火鉢の横に座っている写真の台紙に「Native mode of sitting.」と記されているのは、おそらく、床に直に座る習慣が西洋人のベアトには不思議に見えたからだと思われます。また、攘夷事件の犯人の処刑の様子や罪人の取り調べの様子などをスタジオで日本人に演じさせ、そのやり方を再現している写真からは、ベアトが、自らが目にしたものを可能な限り写真に残しているかのような印象を受けます。

この他、生麦事件の現場、イギリス軍人二人が殺害された鎌倉事件、四ヶ国艦隊との戦争後の下関砲台など、ベアトが報道写真家としての手腕を発揮した作品も展示いたします。


■ フェリーチェ・ベアト (Felice Beato)
1832年イタリア・ヴェネツィア生まれと言われる(諸説あり)。1844年からコンスタンティノープル(現・イスタンブール)にて育つ。文久3年(1863)に来日し、横浜の居留地に写真館を開業。日本各地の風景や、人々の風俗を多数撮影した。明治10年(1877)に写真館をスティルフリード&アンダーソンに売却。明治17年(1884)に日本を離れ、アフリカやビルマに滞在。1909年1月29日、フィレンツェにて逝去。
spacer

JCIIフォトサロン MAP

spacer
 

一般社団法人 千代田区観光協会