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日比谷が熱く燃えた日~団塊の青春グラフィティ

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開催日時 2011年11月4日(金)~12月28日(水) 10:00~22:00
(土曜19:00、日・祝17:00まで、入室は閉館の30分前まで)
開催場所 日比谷公園内 千代田区立日比谷図書文化館 1階特別展示室
(千代田区日比谷公園1-4)
定休日 毎月第3月曜日
特別展観覧料 一般300円(区民150円)、高校・大学生200円(区民100円)
※中学生以下、障がい者手帳をお持ちの方および付添の方は1名無料
アクセス

東京メトロ霞ヶ関駅から徒歩5分
都営地下鉄内幸町駅から徒歩3分
JR新橋駅から徒歩12分

お問合せ先 千代田区立日比谷図書文化館
電話:03-3502-3340(代)
ホームページ http://hibiyal.jp/

イベント内容

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「戦争を知らない少年」は、ヒーローに憧れ、夢を見た。
彼の成長と共に社会は大きく変わり、問題が山積した。
彼はそこで、社会の矛盾に敢然として立ち向かうべく、
日比谷でデモに参加した。日比谷はその日熱く燃えた。

1960年代後半から1970年代にかけての団塊世代の青春の舞台だった日比谷。映画館で次々に名作が
公開され、野外音楽堂のコンサートが賑わい、学生運動の舞台にもなりました。時代背景にまつわる資
料とともに、世相を示す幅広い展示を行います。

日比谷野音・新宿フォークゲリラ
1960 年代後半から70 年代にかけて、日比谷の野外音楽堂ではいわゆるプロテスタントソングの教祖で
ある岡林信康をはじめ、多くのミュージシャンがコンサートを開催。一方で新宿西口広場では、禁止令が
出されたにもかかわらず、ベ平連を中心に3000 人もの若者が集まり“機動隊ブルース” を合唱した。若
者が音楽で社会に自己主張した時代であった。

“安田砦” 落城
大学紛争のシンボル、東大・安田講堂をめぐる学生と機動隊の攻防は35 時間続いた。何百本もの火災
ビンが投げ落とされたが、上空から催涙液、地上から放水とガス弾があびせられ、籠城した学生は全員
逮捕された。これを機に学生闘争は全国に飛び火した。(1969年1 月18 日)

日本万国博覧会
「人類の進歩と調和」を謳い、1970年3月15日からは183日間にわたって開催された大阪万博は、戦後の
焼け跡からわずか20 年あまりで経済大国となったわが国の姿を内外に示す絶好の機会となった。しかし
その裏腹で、公害をはじめ多くの社会問題を抱えていた。今日なお原発問題などもふくめて「人類の進歩
と調和」は大きな課題になっている。

映画で人生を学んだ
団塊世代の青春時代は、「映画」は単なる娯楽ではなく、「いかに生くべきか」を考え学ぶ重要なツールで
あった。国内外問わず、問題作、名作が次々公開され、映画専門誌には映画評論家のみならず著名な多
くの文学者、哲学者も寄稿した。

思想・文学・詩誌が愛読書だった
学生であれば、ひと通り目を通しておかなくてはならない、思想・文学・詩の単行本や雑誌があった。その
読書傾向で、その人となりがわかったくらいである。中でも、思想・文学・詩すべてにたけた吉本隆明の著
書は全共闘世代に大きな影響をあたえた。

同棲時代
上村一夫の劇画『同棲時代』は、当時の団塊世代の恋愛事情を端的に表現し、映画としても上映。同棲が
自由恋愛の形として支持された。「神田川」の名曲もそうした時代の関連性の中で誕生した。

深夜放送
当時厳しい受験競争の最中、勉強しながら聴いた深夜放送は、専門誌が発刊されるほど、若者世代に受
け入れられた。そこで若者ひとりひとりに語りかけられた情報やメッセージは、彼らのコミュニケーションツ
ールとしても大いに活用された。

日本が世界に認められた1964年
1964年は、日本が世界に認められた年であった。構想から25年。時速200kmを超える夢の超特急「新幹
線ひかり」がスタート。同年、アジアでははじめての東京オリンピックが戦争で消えた幻の東京大会から
24年を経て国立競技場に7万5000人の観衆を集めて開催された。

○特別展のチラシは ⇒ こちら

 

一般社団法人 千代田区観光協会