伝統と最先端な街、千代田区観光協会公式サイト
トップページサイトマップ

千代田区観光協会×twitter「つぶやき観光」

観光情報
「観る」 史跡など観光スポットをご紹介
「食べる」 飲食店情報をご紹介
「学ぶ・遊ぶ」 美術館や公園などをご紹介
「買う」 お土産物店やアンテナショップをご紹介
「泊まる」 ホテル情報をご紹介
ボランティアガイド
観光案内所
よくある質問
写真提供について
リンク集
会員限定特典ページ

「ちよトレ」 クイズでちよだ力を高めよう!









2人の夢が重なる~憧れの地、江戸へ~ 写真/神田明神

 


坂本龍馬 は、土佐藩(高知県)で、4人兄弟の末っ子として生まれました。甘えん坊で弱虫な子どもでしたが、12歳の時、母の死をきっかけに心身を鍛えるため、剣術を始めました。やがてその才覚を表し、19歳で江戸へ剣術修行に行きます。江戸では幕末の三剣士とうたわれた千葉周作と、弟の定吉道場で剣術を学び、ペリー来航を見て、佐久間象山の塾では西洋砲術を学ぶ。江戸での坂本龍馬 は好奇心に満ち溢れていました。

岩崎彌太郎 も同じく土佐藩(高知県)出身。幼少の頃より大変頭がよく、姉の嫁ぎ先である儒学者の岡本寧浦(ねいほ)の塾で学びました。しかし、もっと勉強したい!岩崎彌太郎は、奥宮慥斎(おくみやぞうさい)の従者として江戸遊学のチャンスをつかみ、神田駿河台にある安積艮斎(あさかごんさい)の塾に入門。岩崎彌太郎 は、海外貿易の必要性を説いた「洋外紀略」などを熱心に学び、尽きることのない向上心を勉学で満たしていました。


 
MAP番号をクリック。
龍馬に会う。~秋葉原・お茶の水コース~

「龍馬に会う。」各ページに戻る~序章、第1幕、第2幕、第3幕、番外編へのリンク~ 「龍馬に、会う。」TOPに戻る「~序章~ 」龍馬と彌太郎。「~第1幕~ 御茶ノ水・秋葉原周辺」2人の夢が、重なる。憧れの地、江戸へ。「~第2幕~ 東京駅・丸の内周辺」出会い、激動の時代へ。「~第3幕~ 番町・紀尾井町周辺」龍馬が駆け抜けた、時代を巡る。「~番外編~」

千代田区神田東松下町22  千桜小学校跡地入口
* 実際は神田東松下町21,22,25,29辺りに、東条一堂の私塾
  と並んでいたが、現在民家のため、この場所に碑がある。

坂本龍馬 は、剣術修業のため、北辰一刀流開祖、千葉周作道場「玄武館」にも行ったことがあるようです。「玄武館」の隣は儒者東条一堂の「瑤池(ようち)塾」で、門下生は、剣術と学問の両方励めると、双方人気を博しました。「右文尚武(ゆうぶんしょうぶ)」の石碑は、文武両道を表しています。

(千代田区『千代田まち事典』より)

千葉周作 玄武館道場跡
千葉周作の玄武館と東条一堂の瑤池(ようち)塾 解説 旧千桜(ちざくら)小学校入口

玄武館跡の碑 詳細地図は→ こちら

▲MAPへ戻る



千代田区神田佐久間町1-18

JR秋葉原駅昭和通り出口を出ると、秋葉原公園があります。この周辺は江戸時代の火除地でした。また、神田川の河岸地であり舟運の中継地として賑わいました。玄武館に通った坂本龍馬 や駿河台に寄宿した岩崎彌太郎 も、物流で活気あふれたこの場所を見たことでしょう。
明治に入り、運河となり川から引かれた水路の名残として公園内に石垣や道路を挟んだ向いの和泉橋出張所の建物横に、佐久間橋の欄干があります。

ここは、NHK「ブラタモリ」(2009/11/19)で放映されました。

秋葉原公園前 佐久間橋欄干
秋葉原公園 運河の跡 千代田区和泉橋出張所横 佐久間橋欄干

▲MAPへ戻る



千代田区神田淡路町2-12 
住友不動産神田ビル2号館 向かい

江戸時代、現在の万世橋と昌平橋の間に「筋違御門」があり、交通岐路として賑わっていました。神田明神 に向かう岩崎彌太郎 が、この御門を通るとき、華やかな江戸城を守る御門でありながら、ほこりっぽい御門、老いた番人たちを見て、「形あるもの、いつかは滅びる。徳川の天下も同様だ。」と吐露。その言葉通り、1867年徳川幕府は滅亡しました。

(学陽書房『岩崎弥太郎(上)』より)

現在の万世橋と昌平橋の間にあった筋違見附
"明治45年 内神田遠望/国立国会図書館提供  明治45年 万世橋停車場/国立国会図書館提供・現在の銀座のような賑わいを見せていた万世橋駅

▲MAPへ戻る



千代田区神田駿河台4-6
地下鉄千代田線「新御茶ノ水駅」B2出口前

元は後藤象二郎邸があった場所。岩崎彌太郎 の弟、彌之助 と後藤象二郎の娘、早苗が結婚後、彌之助 邸ができ、
岩崎彌太郎 も、茅町の屋敷(現在の旧岩崎邸庭園)  を建設中、彌之助 邸と隣接した屋敷に住みました。岩崎彌太郎 没後、跡を継いだ彌之助 は、三菱社本社社屋をここに移しました。現在は、淡路坂より隣のビルとの隙間から、わずかに見える赤レンガと黒い石垣が、当時の名残と思われます。

(情報提供: 三菱史料館 より) 

黒ずんだ外壁の石垣は、岩崎彌太郎が住んでいた頃のものと思われる/情報提供:三菱史料館

▲MAPへ戻る




千代田区外神田2-16-2
730~1616年まで現在の将門塚 周辺にあった神田明神

岩崎彌太郎 は、土佐藩士奥宮慥斎(おくみやぞうさい)の従者として、江戸遊学のチャンスをつかみました。その奥宮慥斎が、知鏡院(島津斉彬の妹・土佐藩主山内豊熙の未亡人)の病気平穏を祈るため、土佐藩主山内豊信の奥方、正子に代参を頼まれました。岩崎彌太郎 は、奥宮慥斎らと共に筋違見附を通り、神田明神  へ代参に行きました。

(学陽書房『岩崎弥太郎(上)』より)

神田明神

明治33年 神田明神/国立国会図書館提供

▲MAPへ戻る



千代田区神田駿河台2-8
1F「丸善お茶の水店」の瀬川ビル

岩崎彌太郎 は、江戸に来て、念願の安積艮斎 (あさかごんさい)の見山楼に入りました。親戚の馬之助が筆頭塾生をつとめていたので、そこに寄宿しました。岩崎彌太郎 は、ペリー来航を受け、海外貿易の必要性を説いた、安積艮斎 著「洋外紀略」などを熱心に学びました。安積艮斎 の門下生は、他に高杉晋作や吉田松陰らがいます。

三菱グループHP 「岩崎彌太郎物語」より)  

1F丸善御茶ノ水店~瀬川ビル~

▲MAPへ戻る



千代田区神田駿河台4-1-3

安政4年(1857)8月4日、坂本龍馬 と親しい澤辺琢磨(坂本龍馬 の父と澤辺琢磨の祖父が兄弟) が、酒に酔い、金時計の盗難事件を起こします。坂本龍馬 は、武市瑞山と事件を収束、切腹覚悟の澤辺琢磨を逃亡させました。函館に逃れた澤辺琢磨は、日本人初のロシア正教布教の洗礼を受け、晩年は、神田駿河台のニコライ堂 建立にも尽力しました。

(人文社『坂本龍馬地図帳』より)


現在のニコライ堂

明治33年 ニコライ教会堂/国立国会図書館提供

▲MAPへ戻る



千代田区神田駿河台1-8 現在のYWCA

岩崎彌太郎 と同じく、安積艮斎 の塾で学んだ小栗上野介 (おぐりこうずけのすけ) は、初の日米経済交渉を成功させた外交官として、幕府財政の建て直した財政家として活躍。また、坂本龍馬 より先に、製鉄・造船の総合的工場や商社設立、軍隊編成など日本の近代化を推進しましたが、官軍により、志半ばで斬首されました。YWCA前の甲賀坂 は、忍者で有名な甲賀者が多く住んだからとも言われています。

(千代田区『おはなし千代田』より)

小栗上野介生誕の地~現在のYWCA~
現在のYWCA 忍者が住んでいた?! YWCAから山の上ホテルにかけて甲賀坂

▲MAPへ戻る



千代田区神田錦町2-2 現在の東京電機大学
所在地参考:「日本学園の歴史

明治11年、岩崎彌太郎 は「三菱商業学校」を開校。優秀な学生を集め、ビジネススクールとして、福沢諭吉の門下生を教官に、英語・漢学・日本作文・算術・簿記・英語による経済学・歴史・地理・数学の授業を行いました。三菱の幹部候補生を育てたこの学校も、デフレの影響などを受け、創立以来わずか6年、明治17年廃校となりました。

三菱グループHP 「岩崎彌太郎物語」より) 

現在の東京電機大学

▲MAPへ戻る



千代田区神田錦町2-9  神田錦町郵便局前

坂本龍馬 は、千葉定吉道場に寄宿し、千葉定吉の娘、佐那子と婚約しました。千葉佐那子は、美人で、教養もあり剣術にも秀でていました。坂本龍馬 の好みの女性のタイプは、男勝りな育ちのよい美人だったようです。坂本龍馬 没後、1877年(明治10年)、学習院(華族学校)が開校。教養のあった千葉佐那子は、学習院女子部舎監として奉職しました。

(新人物往来社『坂本龍馬伝』より) 

学習院(華族学校) 開校の地~神田錦町~

▲MAPへ戻る



千代田区大手町1-4-2
丸紅本社横

坂本龍馬 は、新しい国家体制をつくる案として、政権を朝廷に返し、議会を設けるなど「船中八策」を書きました。この案をもとに、1867年10月、15代将軍徳川慶喜 (よしのぶ)は、大政奉還を朝廷に申し出、徳川最後の将軍となりました。徳川慶喜の出身「一ツ橋家」は、現在の丸紅本社から気象庁、大手町合同庁舎付近まである広大なものでした。
  

(千代田区『史跡と観光』より)

徳川慶喜一ツ橋邸跡 丸紅本社

▲MAPへ戻る

 

【写真提供(順不同)】 三菱史料館(④-下:明治21年 三菱社本社社屋)/国立国会図書館(③-左下:明治45年 内神田遠望/③-右下:明治45年 万世橋停車場/⑤-右:明治33年 神田明神/⑦-右:明治33年 ニコライ教会堂)

【参考文献(順不同)】 坂本龍馬地図帳(人文社)/坂本龍馬歴史大事典(新人物往来社)/坂本龍馬伝(新人物往来社)/海はるか坂本龍馬 (京都新聞出版社センター)/三菱のあゆみ((財)三菱経済研究所付属三菱史料館)/岩崎彌太郎小伝((財)三菱経済研究所付属三菱史料館)/岩崎彌之助小伝((財)三菱経済研究所付属三菱史料館/龍馬を継いだ男 岩崎弥太郎(アスキー書房)/岩崎弥太郎 上(学陽書房)/岩崎弥太郎 下(学陽書房)/猛き黄金の国 岩崎弥太郎 一(集英社文庫)/猛き黄金の国 岩崎弥太郎 ニ(集英社文庫)/現代語抄訳 言志四録(PHP)/吉田松陰(講談社 火の鳥伝記文庫)/中学社会 自由自在(受験研究社)/史跡と観光(千代田区)/おはなし千代田(千代田区)/千代田まち事典(千代田区)

「龍馬に会う。」各ページに戻る~序章、第1幕、第2幕、第3幕、番外編へのリンク~ 「龍馬に、会う。」TOPに戻る「~序章~ 」龍馬と彌太郎。「~第1幕~ 御茶ノ水・秋葉原周辺」2人の夢が、重なる。憧れの地、江戸へ。「~第2幕~ 東京駅・丸の内周辺」出会い、激動の時代へ。「~第3幕~ 番町・紀尾井町周辺」龍馬が駆け抜けた、時代を巡る。「~番外編~」

 

 

千代田区観光協会 〒101-0054 千代田区神田錦町3-21 ちよだプラットフォームスクエア4F
                      TEL:03-3292-5530 FAX:03-3292-5510 E-mail:info@kanko-chiyoda.jp